両生類が減ると困ること

 

 同じ両生類でもサンショウウオとカエルでは保全上の位置付けがやや異なります。天然記念物に指定されているオオサンショウウオに代表されるように日本のサンショウウオは生息地が限られ個体数も少ないのが特徴です。つまりサンショウウオは希少性が高いので、それだけで生物多様性保護の観点からは保全の優先順位が高いことになります。では、田んぼにいるカエルやイモリはどうでしょうか。どこにでもいて数も多い彼らを守るのはどうしてでしょう。

 

カエルは里地の生態系を支えている

 tagame.jpgすべての生物は食物連鎖と呼ばれる目に見えない鎖で繋がっています。太陽のエネルギーは生産者である植物に取り込まれます。植物を食べる昆虫のような動物を一次消費者と呼びます。一次消費者を食べる動物は二次消費者です。二次消費者を食べるものは三次消費者という具合に次々に生物が食べられることによって生態系全体にエネルギーが供給されていきます。 

 

 こうした食物連鎖の中で、カエルは一次消費者である昆虫類と高次の消費者である鳥類やほ乳類への橋渡し的役目を果たしています。カエルは、個体数が多いうえ、大きさが手頃で爪や刺などの武器を持っていません。食物連鎖の上位にいる動物たちにとって大変食べやすい重要な餌なのです。人間で言うならお米のような存在と言えます。そうしたカエルがたくさんいるからこそ、その地域の豊かな生物相は保たれるのです。

frogeco2.png


餌になるオタマジャクシ

 nishii.jpgカエルと異なり、オタマジャクシは肉食ではありません。おもに水底の水ごけなどを剥ぐようにして食べる植物食です。したがって食物連鎖ではコオロギやウシなどと同じ一次消費者(草食動物)となります。一般的に草食動物は数が多いのですが、オタマジャクシも例外ではありません。水田の中では、圧倒的な数を誇ります。もちろん、そのすべてが変態できるわけではなく、大半が水の中で他の動物の餌となります。タガメ、ヤゴ、ミズカマキリなどの水生昆虫はオタマジャクシに依存する率も高く、もし、オタマジャクシがいなくなってしまうと、深刻な影響を受けることになります。

 

カエルが食べる生物

 カエルが食べていた小動物にとっては、天敵がいなくなるという大きな変化が起こります。コオロギやバッタなどにとっては、たいへん有り難いことでしょう。しかし、生態系全体で見たときには必ずしも喜んでばかりはいられません。天敵の少なくなった昆虫はその数を増加させます。長い目で見ればカエルに代わる別の動物が増えた分を消費してバランスが保たれるかも知れませんが、短期的には昆虫が急激に増えて植物を食べ尽くす危険性も考えられます。

 人間の活動にとっても大きな影響を与えるかも知れません。カエルがいなくなった水田では稲の食害が増えるかも知れません。さらには、予想もしない影響も懸念されます。例えば、インドでは食用として輸出するために野外のカエルを取りすぎた結果、蚊が異常発生してマラリアの患者が急増してしまったことがあります。そのため、インドではカエルの輸出を禁止しなければなりませんでした。日本ではマラリアの心配は少ないかも知れませんが、カエルは人間に害のある昆虫を食べていてくれることに変わりはありません。

 

 

カエルやイモリを守る理由

 カエルが減ると生態系に悪影響を及ぼす可能性が高いという理由でカエルを守ることに同意する方は多いのではないかと思います。ただ、それがカエルを守る唯一の根拠なのでしょうか。数年前、カエルツボカビ症が日本でも発見されたとき、報道機関から野外でカエルがいなくなるとどんな影響が出るのかという質問がたくさん寄せられました。生態系への悪影響に関して答えながらも何となく納得のいかない気持ちが残りました。

 もし、カエルツボカビ症ではなく、トリツボカビ症だったとしたら、どのような質問が出たでしょうか。スズメやツバメがいなくなってしまう可能性があるなら、生態系への影響より鳥が消えること自体を心配するのではないかと思います。鳥やほ乳類なら生態系とは無関係に守ろうと思う人が多いはずです。実際、イリオモテヤマネコやトキを守る根拠として生態系への悪影響を挙げる人はほとんどいないでしょう。

 カエル探偵団では、理屈はではなくカエルやイモリがいなくなるのは悲しいから守ろうと思う人が増えて欲しいと願っています。カエルやイモリには、人間とともに暮らしてきた長い歴史があります。振り返ってみると、私たちは昔からこれらの動物に愛着を持って暮らしてきました。

 

カエルやイモリは子どもの友だち

昭和40年代前半は、田んぼに行けばカエルやイモリはいくらでもいて、子どもたちの絶好の遊び相手でした。道具もなしにこれほど簡単に捕まえることの出来る脊椎動物は他にはいません。子どもたちは捕まえたカエルやオタマジャクシと遊ぶことによって生物は傷つきやすいものであることを学習するかも知れません。frogandkids.jpg

 千葉県中央博物館が行ったカエルに関するアンケートによると、70才以上のお年寄りから5才未満の幼児まで、あらゆる世代がカエルやオタマジャクシと遊んだ経験があるそうです。子どもにとってカエルは時代を超えた普遍的な遊び相手なのでしょう。私たちのおじいちゃんやおばあちゃんもそのおじいちゃんやおばあちゃんもきっとカエルやオタマジャクシで遊んだに違いありません。

 アンケートによると今の子どもたちの中には生きたカエルを触ったことのない子が少なからずいるそうです。私たちは、田んぼや水辺からカエルやイモリを減少させることによって、長い間続いてきた子どもたちとカエルの関係を終わらせてしまうかも知れないのです。たくさんいるからこそ遊び相手になるのであって、カエルやイモリを貴重な生き物にしてしまってはいけないのです。

 

 

日本の文化と両生類

  hanafuda.png日本の両生類は少なくとも稲作文化が定着した2千年前からつい最近まで、日本の伝統的な水耕栽培と上手くやってこれたと考えられています。私たちの祖先にとって虫を食べるカエルは稲の害虫駆除に少なからず役に立ったでしょう。また、カエルは食料として、イモリは薬としても重要であったかも知れません。

 一方、人が造り出した水田という浅くて暖かな水辺は両生類にとって絶好の生息場所であったに違いありません。稲作の全国への広がりは、両生類の分布拡大にも一役買ったことでしょう。伝統的な農作業の日程とカエルが水田を利用するサイクルとが上手く一致することも知られていますが、こうした事実は人とカエルの長い共生の歴史を物語っています。こうした日本風土の一つであった両生類とのつきあいは、数多くの民話や文学、芸術を生みだすことになりました。

 もし、子どもたちが田んぼにいるカエルやイモリを想像できないとしたら、それらを題材にした文学や芸術は理解できないかも知れません。すなわち、田んぼからカエルやイモリが消えてゆくことは、私たち日本人の1つの文化を失うことでもあるのです。